地域は「自立」できるか
   
      
     奥野 信宏 著 
     岩波書店 発行

     函館市中央図書館蔵 
 都会に対する地方があって、地方が地域という言葉でいわれる。都会と地域の格差がさまざまな点で拡大している。過疎といわれる地域もできている。さらに限界集落などという言葉さえ生まれている。
1950年代の都会と地方の関係は、持ちつ持たれつの関係だった。就職でも教育でも都会は過程であり、故郷へ帰ることは普通のことだった。しかし就業機会の格差、所得の格差から断絶が起こった。農業は輸入におされ工場的蔬菜生産も行われ地方での農業は衰退しており、一度都会に出ると、故郷へ帰ることが稀になった。それは農山村の風土や祭りなどの伝統、食文化などにも影響している。
都会と地方は所得再分配は地方への援助という形で行われが、人や心の通いあったものではない。
所得の地域格差は1950年代より拡大と縮小をくりかえしている。1960年代からの公共投資事業の地方投入は高度成長後でも地域経済に効果をあげた。都会のバブルは地方の空洞化を進め、バブル崩壊は地域経済を一層深刻なものとした。公共土木工事は地方経済の下支えとなったが1990年代からはその公共事業も急激に削減されてきている。
「地域の自立」が言われるようになったが、地方の自主財源が限られていて自立が何を目指すのかが見えてこない。切捨てと意味する場合もある。
地方自治体の財政の自立は地方税に使用料、手数料を加えた自主財源でまかなうのを意味するが実際は半分以上の自治体が歳入の半分以上が公債の発行や政府からの財政移転に依存している。
政府は地方交付税交付金と国庫支出金を使って地方行政の補償を行っている。
しかし国の補償は本来の趣旨を離れた支出や国の肩代わりをあてにして財政規律を緩めることにつながり、地方自治体は財源と企画立案の両方で上位官庁に依存することになった。
地方の衰退は人口の減少だがその原因は市場メカニズムが貫徹したことである。人は雇用機会と所得を求めて都会に移動し、地方は衰退した。国も地方自治体はこの市場パワーに抗することができなかった。
人口減少社会で地域活力と国の力の維持向上の課題は人の移動と交流が生み出すダイナミズムが課題であるという。
広域地方圏では自前の国際戦略をもち、東京経由でない独自のネットワークを構築することで、地方の中小都市では地域の住民が自らより良い生き方ができるよう考え行動する姿勢をもち参加して取り組むことが重要な要素だといっている。
交流・連携の経済効果は「範囲の経済」として「規模の利益」に対峙して使われることが多い。全国総合開発計画は国土と地域づくりの指針になってきたが、それが薄れてきていて地方圏の成長、公共投資比判、環境問題と安心安全への関心高まりが「全総」の役割をおえたのではないかとも言われている。
地域への政府や地方自治体の施策は「集約化」であり@役場、学校、病院など生活支援機能の集約化によるコンパクトシティー化A住民の居住地域の集約化B市町村合併による行政機能の集約化C働く場の集約化である。
この中で居住の集約化は生活圏の計画で文化、産業など地域アイデンチテーが残るかどうかが課題である。
地域ブランドが一層の展開をするとすれば他に追いつかれないものであり、容易にまねのできないものだ。それは地域の歴史や文化に根ざしたものである。その上で東京依存から脱却しなければならない。それを育てるには政府の支援も必要とされるのが現実である。